キャンプ概要

キャンプ開催の推移

2011年3月11日東北地方を襲った東日本太平洋沖地震によって大きな被害が発生しました。地震の揺れだけでなく、地震に伴って発生した大津波はこれまで経験したことがない激しいものでした。地震と津波による被害だけであれば、地球よりも重いと言われる大切な命は戻らないとしても、これまで多くの人々が乗り越えて来たように自然も、あるいは心の傷も、数年あるいは数十年の時間で癒やされることができたでしょう。

今回の災害で最大の被害は地震の揺れと、大津波の影響で、商用電源も非常用外部電源も失われたために、絶対条件である原子炉と使用済み核燃料の冷却が不可能になり、それが原因となって数基の原子炉が水蒸気爆発を起こし、放射能を含む放射性物質を空中に撒き散らした福島第一原子力発電所の事故です。

そのため、福島県をはじめ東北地方の広い範囲で大人も、子供も外部に出て活動することができなくなりました。長年住み慣れた故郷を離れざるを得なくなることにもなりました。特に幼児、児童、生徒たちは遊びたい盛の年代に外で活動することが禁じられ、心身のストレスが貯まる一方だったのです。

このような事故は、チェルノブイリ、スリーマイル島で経験しているわけですが、その中のチェルノブイリ原発事故後、ウクライナ政府が実施している「チェルノブイリ法」に基づく保養プログラムが良い結果を生んでいることから、日本でも保養プログラムを採用しようという機運が起こりました。

国家予算が2016年度2兆4千億あまり、一人あたりのGDPが2,197ドルのウクライナ政府がその予算の中で、一人について年3週間の保養プラグラムに必要な費用を負担しています。その中身は往復の交通費、現地での滞在費を含めてほぼ全額です。

それに対して同じ2016年度で一人あたりGDPが17倍以上38,982ドルで国家予算においては50倍に近い97兆円、防衛予算だけでもウクライナ政府予算全体の2倍以上の5.1兆円(2016年度)の日本が保養プログラムに対する予算をほとんど組んでいません。

このような状況の中、多くの団体、組織が福島の子どもたち保養プログラムを企画、開催するようになりました。当初は参加者からの費用は徴収せず、交通費、食費、滞在費などもすべて寄付、ボランティアで賄っていたところが多かったようです。また、家族単位での参加を募っていたところがほとんどだったようです。

大町市においても、保養プログラムを開催して、心身ともに苦しんでいる子どもたちにリフレッシュしてほしいと、この「信州・大町山の子村キャンプ」が企画されました。

このキャンプは往復のバス代、キャンプ中の食事代、いろいろな催しの参加費などすべてを含んで、そのうちの一部の費用を参加費という形で負担していただき、対象を家族では無く、小・中学生としました。宿泊施設も、自然の中で過ごしてもらいたいとの思いから、現在ではあまり使用されていない東山低山帯博物館にあった「山の子村キャンプ」場を使うことになりました。

市内のみならず、全国の企業、組織、団体、個人の大きなご協力を頂いてプログラムを実施することが出来ました。

関連ページ Facebook 信州・大町山の子キャンプ

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